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2007年 04月 23日

Zenza BRONICA S2 その2

カメラテストの場合は必ず逆光のカットも押さえます。
とは言えそれはレンズの特性を確認するためなのですけど。
今回のレンズはNIKKOR-P・C 75mm f2.8なので結果は撮る前から分かってる部分もありました。古いレンズと言えるのでしょうけど、もっと古いレンズを使う僕には新しいレンズに分類されます。ちゃんとコーティングもされてるし、ある程度はこんな状況でも画像が破綻することも無いようです。
僕の好みから言うともっと盛大にフレアが発生してくれると良かったかな?
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Zenza BRONICA S2 NIKKOR-P・C 75mm f2.8

☆カメラメーカーとレンズについて

昔から「良いレンズを作るカメラメーカーは成功する」と言われていますね。
確かにそうとも言えますね。
Leica、ZEISS IKON、Nikon、Canonなどはそうですね。
でも違う方法で発展して行ったメーカーもあるのも事実ですよね。
現存するメーカーの中ではハッセルブラッドやローライは自社ではレンズ開発をしないで発展して来たメーカーですね。ハッセルブラッドはカール・ツァイスからレンズの供給を受けてるし、ローライに至ってはツァイスやシュナイダーからのレンズ供給を受けて発展して来たメーカーです。カール・ツァイスはレンズメーカーとして他社にレンズの供給をしてきた実績からカメラボディーの開発よりもレンズの供給で発展してきたと僕は考えます。
まぁ~この話をし始めると長くなるし僕も全部に正確な知識を持ち合わせていないので、今回はLeicaの話を少しだけ書きます。こんなことを書くと「おいおい・・・Leitzを語るのかい?止めた方が良いぞぉ~」などと言われそうですけど、少しだけです。
ご存知の通りLeicaは顕微鏡のメーカーだったLeitz社のオスカー・バルナックが「ウル ライカ」を開発したことからカメラメーカーへの道を歩み始めたと言うことは皆さんご存知のことですよね。オスカー・バルナックはツァイスからLeitz社に転職してきて、もともとはシネカメラ(映画用カメラ)の開発を行っていたわけですが、シネカメラの製作が中止になって同じフィルムサイズの35mmカメラの試作機を作るに至ったわけです。ネガサイズが35mmと言うのはLeicaが一番最初に採用したことから「ライカ判」などとも言われています。
その試作機をライツ1世に見せたところ気に入って「いっちょやったらんかい!」と言うことで技術者が集められて量産機のLeica Ⅰ(A)型へと発展して行ったわけです。
「小さなネガから大きなプリント」を実現する為には高性能なレンズが求められるのですが、当時のLeitz社にはこの要求を満たすレンズが見つからず、カール・ツァイスの「キノ・テッサー50mmf3.5」を使用しました。勿論、量産機のLeica Ⅰ(A)型の開発までに自社製のレンズ
の開発も行ってⅠ(A)型にはマックス・ベレクの開発した自社開発レンズの「ライツ・アナスチグマット50mmf3.5」(3群5枚)が付けられ、後に「エルマックス50mmf3.5」(3群5枚)へと変更されて、より量産し易い「エルマー50mmf3.5」(3群4枚)へと発展していったのです。
「良いレンズを作るカメラメーカーは成功する」ということの典型ですね。
Leitz社はM3を頂点にしてその後は衰退していくのですが、それにはいろんな理由があります。まぁ~一番の理由は「NikonとCanonが頑張ったから・・・」なのでしょうけどね。
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by teru2396 | 2007-04-23 20:30 | 6×6


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